St. Valentine's Day2


St. Valentine's Day 【side:A】


ぼんっ
何度目かの爆発音が響いた。
「けほっ、けほけほ…また失敗ですねぇ…」
オーブンを開けると黒い煙が吹き出す。
美卯はけむたそうに手でそれを払った。
爆発の張本人である麻緋は肩を落とす。心なしか目が潤んでいるのは気のせいだろうか。
「私、知りませんでしたわ。麻緋さんがその、料理が苦手だったなんて…」
華耶が驚きの表情で麻緋を見る。
キッチンにはチョコレートであったものの残骸がいくつも転がっていた。
美卯は慰めるように、明るく言う。
「だ、大丈夫ですって!次は成功しますよ!材料も追加で買ってきてたくさんありますから。ね?がんばりましょ、姉さま!」
時計は既に3時を回っていた。麻緋は弱々しい笑いを浮かべながら、手に持っていたヘラを放り投げる。
「もういいわ。二人とも付き合ってくれてありがと。元々無理なのは分かっていたのにね」
開いたままの本には洋酒入り生チョコレートの作り方が載っていた。
甘いものはあまり食べないイメージだから、甘さは控えて。
大人っぽくお酒で風味を。
想像だけはたくさんした。頑張って渡して、きっとあの人は食べてくれる。
そして美味しいって言って、笑ってくれたり、なんかして。
「え、ね、姉さま…!?」
「麻緋さん…!」
気が付いたら涙が零れていた。
私はこんなに弱い女だったかしら?麻緋は自分の涙に驚く。
チョコレートで、バレンタインごときで、こんなに心を動かされるなんて。
「ばかね、私…」
涙を拭って笑う。そして背中を向けると汚れたキッチンを拭き始めた。
「早く片付けないと。バレたら怒られるわよ」
そんな姿も、容易に想像出来てしまう。
今まで誰も信じてなかった。恋なんて、したことなかった。
だからこんな気持ちは知らない。どうしていいか分からない。
涙は止まらなかった。胸が痛い。
「姉さまっ!」
そんな麻緋を、後ろから美卯が抱き締める。
強く、強く。
「大丈夫です。美卯がついてます。次は絶対成功しますから!もう一回やりましょう、ね?」
「美卯…」
振り返ると美卯の目にも涙が浮かんでいた。
麻緋の表情が緩む。
「馬鹿、なんで美卯が泣くのよ。…そうね。もう一回だけ…」


「……ん」
窓から差し込む光で目が覚めた。
身体を起こせば掛けられた毛布が落ちる。
「あ、姉さま!おはようございますっ」
パーティの飾り付けをしていた美卯が駆けて来る。
そしてにっこりと笑った。
「完成してよかったですね!ちゃんと渡してくださいよ?」
眠っていたソファの脇には、小さな箱。
リボンで飾ったその中には、形は歪だけれど愛情がたっぷり詰まったチョコレートが6つ。
そのほとんどを美卯に任せてしまったのだけど。
それでも、気持ちだけは詰まっているから。
「…美卯も、ね」
「なっ…なんのことですかぁ!?」
叫びながら硬直する美卯を置いて、シャワールームへと向かう。
もうすぐみんなが来てしまう。こんな顔ではとてもじゃないが会えない。
衣服を脱ぎ、温かいシャワーを浴びて、身体についたチョコレートも一緒に流れていく。
「…バレンタインなんて、一生縁がないと思ってたのに」
渡す瞬間を思うと、頬が緩み、でもやっぱり怖くて。
今は考えないように頭から追いやると濡れた体を拭いてバスルームから出た。
服を着て髪を乾かし、ついでに化粧もして。
事務所が騒がしい。もうみんな集まったのだろうか。
バレンタインがこんなに緊張するイベントだったなんて、初めて知った。
「…私は紅月麻緋よ。なにも緊張することなんてないじゃない」
そう言い聞かせてから、みんなの居る部屋の扉を開ける。
あぁ、いた。
高鳴る鼓動を無理やり静めて、いつも通りに。
「あら、馬鹿善慈。今日も馬鹿面ねぇ」
「んだと、この厚化粧が!」


みんなが帰った後。
パーティの後片付けも終わり、静かになった部屋。
「く、クラスト!」
最後に部屋を出て行くクラストを呼び止めて、そしてすぐに後悔した。
「それじゃあ僕、先に戻ってますね」
雪が含んだ笑いで退出していく。
あぁもう。
「…で、何ですか?」
静かな声。
彼はパーティの中でもいつも通りだった。
テンションの高いクラストというのも、想像し難いが。
「あ、の…えっと、チョコとか、好き?」
声が上擦る。平常心が保てない。
世の中の恋人たちは皆これを乗り越えてきたのかと思うと尊敬の念すら覚えた。
「申し訳ありませんが、甘いものはちょっと」
「あんまり甘くないから!あの、だから…これ…」
チョコの入った箱を差し出す。
指が震えて落としそうだ。
「よかったら…貰って、下さい…」
段々と語尾が消えていく。
チョコレートなんか作るんじゃなかった。今はただ、怖い。

「…ありがとうございます」
ふと、箱の重さが消える。
それは彼の手の中にあった。
「貰って、くれるの…?」
「もちろんですよ」
彼はキッチンを見る。ところどころに、まだチョコレートがこびりついていた。
「朝まで作っていたのでしょう?お疲れ様です」
笑ったように見えたのは、気のせいだろうか。
こみあげてくる涙を必死で堪えて、でも堪え切れなくて、慌てて後ろを向いた。
「たまには、料理でもしてみようかなって思っただけよ!…作ったのはほとんど美卯だけど」
声が震えないように必死に押さえて、でもきっともう一言何かを言われたら崩れてしまう。
「私、シャワー浴びて来るから!」
そう言って部屋を飛び出した。
彼は何も言わない。追いかけても来ない。
分かっている。それでも、
「……すき」

流れるお湯が、全て洗い流してくれればいいのに。
この涙も、叶わない恋も、全部、全部。


≪戻


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*後書きというか言い訳というか*

これはフィクショry
さすがに乙女過ぎたよごめん…でも個人的にはとても萌えるんだ。
何度も言うようですが、クラスト←麻緋は公式ではありません。
そして麻緋さん乙女設定も多分公式ではありません。
私が個人的に推奨しているだけです。
甘すぎた…。

09/02/21 にわとり
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