summersky


彼女は大きく息を吸い込んだ。


女心と初夏の空


ある日曜日。
曜日も何も関係ないような仕事に就いている二人だが、今日は珍しくカレンダー通りのお休みである。
非常に珍しい組み合わせかもしれない。
普段の二人を知らない者なら、よく似合った恋人同士に見えなくもない、かもしれないが。

紅月麻緋とクラスト=狩野は、並んで歩いていた。
手を繋いでいるわけでも、楽しくお喋りしているわけでもない。
ただ、並んで歩いていた。
二人の間には、関係をそのまま表しているかのような微妙な距離があり、それはなかなか埋まらない。
紅月はあからさまに緊張したような表情。
クラストはと言えば、隣に紅月が居ることなど忘れてしまったかのように雑踏の中の建物を眺めている。

今日は二人とも私服。
クラストはラフな服装だが、紅月は明らかに気合を入れた女の子スタイルだ。
お互いの気持ちの差が表れているようでもある。

事の発端は、3日前に遡る。



「日曜日、暇?」
大量の書類に囲まれているクラストの机を紅月は叩いた。
実際には叩いたつもりなどなく、少し力を入れすぎたというだけなのだが。
「暇なわけがないでしょう。この紙の山が見えませんか」
それだけ言うとクラストは再び仕事に戻ってしまう。
突き放したような言い方に、思わず言葉に詰まってしまった。
先ほどシャワーを浴びたばかりで乾かしていない髪から、しずくが落ちる。
それが紙の一枚に落ちて、気付いたクラストは眉を顰める。
紅月はほとんど仕事場に住み着いているようなものなので、風呂上りに下着姿で歩き回るのもいつものことだ。
それはもうクラストも気にしない。
始めの頃は、服を着ろ、家に帰れと口やかましく言っていたものだが。(それも本当に始めだけ、なのだけど)
「あなたがここに泊まろうと、怠惰な生活を送ろうと私には関係がありません」
顔を上げたクラストは露骨に迷惑そうな顔をした。
「それでも、仕事の邪魔だけはしないでいただきたい」
「………っ」
紅月は開きかけた口を閉じる。
慌てて近くにあったバスタオルを頭からかぶると、おずおずといった様子で目だけをクラストに向けた。
「……仕事」
ぽつりと続ける。
クラストはこれ以上被害を出さないためか、紙束を紅月から離そうと整理している。
明らかに紅月の言葉は聞いていない。
再び判子を手に仕事を再開した。
それでも紅月は続ける。
勇気を振り絞るように、両手を固く握って。
「日曜までに全部終わらせるから、一日付き合って!」



無事、大量の書類に目を通し判子を捺して、溜まりにたまった洗濯物を片付け、自分の机の整理を終わらせた。
後半は殆ど個人的な仕事だが、全て終わった。
約束通りクラストを連れ出す事に成功したというわけである。
それでも二人の間には致命的な意識の差があった。
紅月はこれをデートだと思っている。
そしてクラストはこれを、仕事の為の買出しかなにかだと思っていた。
出来ることなら今すぐデスクワークに戻りたい、という思いが気だるそうに歩くクラストから伝わってくる。
一人緊張している紅月は先ほどからキョロキョロしたり俯いたり話し掛けようとして思い止まったりと落ち着きがない。
なぜ紅月は、いきなりクラストをデートに誘ったのか。
答えは一つ。
紅月がクラストに、淡い恋心を抱いているからである。
本人には全く伝わっていないが。

「あの」
いい加減目的もなく歩くことに飽きたのか、クラストが声を掛けてきた。紅月は過剰に驚く。
「なっ、なに?」
「どこへ向かっているのですか」
当然の疑問。
駅からまっすぐ、ただひたすらにまっすぐ歩いてもうすぐ一時間になる。
中心部からはだいぶ逸れ、周りも段々寂しくなってきた。
「え、あ、あぁ…そっそうね…」
そこで紅月はようやく無為に歩いたことを知る。
あからさまにつまらなそうな表情のクラスト。
眉間の皺が濃くなった。
その表情からは、時間を無駄にしたという非難の言葉が見て取れる。
紅月は思わず俯いた。
何をやっているのだろう、泣きそうなになるのを堪える。
頭上から溜息が聞こえた。
「仕方ありませんね」
堪えきれず涙がこぼれそうになった時、手を握られた。そのまま引かれる。
「とりあえず戻りましょう」
その言葉にただ頷くしか出来ず、繋いだ手の体温に申し訳なく思いつつも嬉しく思っている自分もいて。
無駄な時間を過ごさせてしまった謝罪と、一日を自分にくれた事へのお礼と、他にも色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って顔を上げることができない。
絶対に、情けない顔をしているから。

再び人の多い場所へと戻ってきて、ようやくクラストは歩く速度を落とした。
それでも繋いだ手は離さずに、視線は相変わらず周囲のビルに向けて。
紅月は俯いたまま。ヒールで長時間歩いたから足が痛む。
全く、自分は何がしたかったんだろう。
やりたかったこと、行きたかった場所はたくさんあったはずなのに。
気付けばもう日が傾いていた。

隣から吐息のような声が聞こえた。
どうやら、笑われたらしい。
それがとても意外で、思わず目を見開いてクラストを見る。
クラストは口元を手で隠して、失礼、と謝ってから言葉を続ける。
「意外だったもので。普段、高慢で偉そうなあなたが、こんなに情けない姿で」
その言葉に一気に羞恥が込み上げて、また俯いた。
顔が熱い。
繋いだ手を解いて逃げ出してしまいたかった。
駅に着き、電車を待つ。
おそらく仕事場に戻ろうとしているのだろう。
しかし、これ以上一緒にいるのは耐えられなかった。
「家に帰る」
一言呟くと手を離す。
顔を上げることは出来ずに、逃げるように背中を向けた。
「あ」
背後から聞こえた声に思わず足が止まる。
しかしなかなか言葉は続かなかった。
これ以上自分を惨めにしないでくれと思いつつも、もう少し一緒に居たいと願ってしまって。
いつまで経ってもクラストは無言のまま。いい加減何か言って欲しくて振り返る。
「あんたね、何か用があるなら…」
「面白いものが見れたので」
久しぶりに見たような気がするクラストの顔は、笑っていた。
「なかなか楽しかったですよ」
本当に本当に珍しい笑顔に、見惚れなかったと言えば嘘になる。
でもそれを気付かれたくなくて、また背中を見せた。
「……あらそう!」
あぁ、今日の自分は最悪だ。
きっと星座占いも最下位なのだろう。
運気下降気味、外出は控えたほうが賢明。
いつも読んでいる雑誌にはきっとこんな事が書いてあるはず。
今日は運が悪かっただけ。たまたま、おかしかっただけ。
だって、そうでなければ。
「私が、こんな」


早足で、仕事場とは反対方向に向かう電車に乗り込んだ。
しばらく肩で息をして、呼吸を整える。
たまたま運勢が悪かっただけ、そう言い聞かせて。
「だから、明日からは大丈夫」

何度深呼吸をしても高鳴る鼓動は落ち着かない。
先ほどまで繋いでいた手にはまだ相手の体温が残っている気がして。
綻ぶ頬を抑えられずに、それでもこんなの自分じゃないと言い聞かせて無理矢理顔を背ける。

明日もよく晴れそうだ。



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これはフィクションです!
クラスト←麻緋は決して公式ではありません。
いや、個人的には大好きですけど。
乙女な麻緋さんも女王様な麻緋さんもだいすきです。
そしてクラストさんもだいすきです。
アダルトふたりの組み合わせが大好きだよ!とアピールしてみる。
うふふふ(気持ち悪い)


08.6.4 にわとり



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